川口市 税理士の重要事項
さまざまな優遇措置や法律の修正をともなう大規模な住宅プログラムなどは、大きな一歩になるだろう。
最後に、日本の当局と日本の人々にとってもっとも重要と思われるアドバイスを記しておきたい。
腰を下ろしてじっくり考えてみてはどうでしょう。
経済はそもそも何のためにあるのか、と。
た頼りになる政治勢力は存在していない。
外国からのアドバイスは部分的な解決策は示唆してくれるかもしれないが、調整プログラムを構築する基盤となる確実な知識を与えてはくれない。
世界の大多数のエコノミストが採用している思考の枠組みには、日本の経済システムの限界だけでなく可能性をも理解するために決定的に重要なことがらがほとんど組み込まれていないからだ。
日本の非公式の経済システムを標準的な経済や確立した経済理論にぴったり符合するシステムに変えることは不可能だ。
そんなことをしようとしたら、比較的うまくいっていることまでだめになってしまうだろう。
私は、日本の経済システムの重要な部分は残すことができるし、また残すべきだと考える。
しかし、そのためには大胆な改革が不可欠だ。
企業、金融機関、政府機関の共通の目的が見直されなければならない。
強い産業を築くことから、社会の富を築くことに重点を移すことで、だれもが恩恵を受けるだろうし、いったんこれが理解されたら、日本の構造問題の多くが解決できるだろう。
手始めとして、活発な消費者経済を育てるための大胆で創造的なプロジェクトを中なんのための」なのか改正されたN銀行法の目玉は、政府・大蔵省からの「独立」強化である。
しかし、市場や国民の支持を得ないC銀行に大きな期待はできそうもないIN銀行法改正にあたって、物価安定のために「N銀行の独立性」の確保があたかも当然の課題であるかのように論じられたが、なぜC銀行は独立でなくてはならないのだろうか。
なぜ物価政策だけが特別なのだろうか。
実は私は未だによくわからない。
経済運営はトータルなものだと考えるからである。
経済を患者にみたてるなら、医師団の中に、熱を下げることだけに専念する医師が加わって、他の症状や治療にお構いなしにひたすら熱を下げようとするようなものである。
そんな治療システムのどこが良いのか。
それほどまでにして物価安定を図らねばならない理由はなにか。
この不況でN銀行は、熱は下げたが患者を殺したと批判されてきたのではなかったか。
C銀行の「独立性」とは時の権力からの独立ということであるなら、なにも物価政策に限るまい。
財政も、福祉も、教育も、外交もすべての政策は、権力者が私してよいものではない。
世界の歴史を顧みれば、たしかに財政が金融につけをまわし、インフレが国民生活に打撃を与えた例は多い。
しかし、日本では財政法5条が国債のN銀行引受けと政府のN銀行借入れを原則として禁じている。
しかも、時代は大きく変わっている。
ボーダーレス・エコノミーが各国の経済、とりわけ金融市場の相互連関の度を強め、変動する為替相場が各国の物価を調整する方向に働き得る。
冷戦の解消によって経済活動が活発化し世界の生産能力を高めたが、供給過剰からむしろデフレが懸念される状態である。
少なくとも先進各国において、国民生活を根本から破壊するようなインフレが生じる可能性は小さいと見るべきではないだろうか。
仮にあるとしても、それは、他の経済問題より、絶対的に優先させねばならない問題であるかどうか。
ドイツ連邦のC銀行、ブンデスバンクはインフレ・ファイターとして、どこの国のC銀行よりもことではあるまい。
また、この数年、EU諸国においてC銀行の独立性の強化が進められてきたことをもって、C銀行の独立性強化は、世界の潮流であると論じられることもある。
しかし、EUもまた特殊な事情を抱えている。
EUは通貨を統合するからである。
加盟各国のC銀行が政府から独立でなければ、EUのC銀行、ECBは機動的な金融政策が行なえず、通貨統合がEU経済に逆にマイナスとなりかねないからである。
日本では、政府からの独立は二面から論じられている。
ひとつは「政治からの独立」であり、ひとつは「大蔵省からの独立」である。
N銀行の政治からの独立をいうとき、しばしば引合いに出されるのが、Ks発言である。
90年2月、株価の下げ止まる兆しが見えない中で、自民党副総裁だったKs氏が「N銀行総裁の首を切ってでも公定歩合を引き下げるべきだ」と発言し、政治の政策介Ks発言は「不当な介入」と見られる強い独立性を持っているといわれる。
各国のC銀行の多くは「経済全体」への貢献を暗黙のうちに期待されているが、ブンデスバンクはそうではない。
「政府から独立に物価安定のための政策を行ない、他の経済目標については物価安定と抵触しなければ協力する」と定められている。
他のいかなる経済目標よりも物価の安定が優先するからこそ、ブンデスバンクは政府と対等の強い独立性を保持しているのだ。
なぜドイツがこれほどに物価安定を重視するのかといえば、ドイツには第一次大戦後のとてつもない超インフレの経験があり、それがナチスドイツの台頭を許した過去の歴史への強い反省があるからである。
ドイツで生じた超インフレは、インドネシアで暴動を生じたインフレよりも、以前ペルーが経験した年間1000%を超えるインフレよりも、はるかに大きく国民生活を破壊したからである。
このようなドイツの歴史が、物価安定を求める国民の強い合意の下に、他国に例のないC銀行の強い独立性を支持しているのだ。
こうしたドイツの事情はきわめて特殊なものであり、他国においてそれに倣うとC銀行が望んだとしても、国民が望むそもそも、経済政策が、政治から独立であることの必要性は、それほど自明なことだろうか。
日本は民主政治の国であり、国民の選んだ選良が国民のために立法・行政を行なう建前になっている。
政治家が必ずしも建前通りの存在ではないことは、周知の間に強いのである。
「大蔵省からの独立」という点に関しては、大蔵省がN銀行の政策に介入してきたことは事実である。
しかし、それは果して法の問題であったのかどうか。
事実であるが、日本が高度成長を成し遂げ、世界に冠たる治安の良さと所得の平等を誇る国であることも忘れてはなるまい。
少なくとも、わが国の政治は国民の活動を大きく妨げる存在ではなかった、というべきであろう。
選挙で国民の評価を受けねばならない政治はしばしば、国民に媚びる対策に走り、景気過熱を導きがちであるといわれる。
しかし、政治に歯止めが必要であるとするなら、C銀行にもなんらかの歯止めは必要ではないのだろうか。
なぜ、N銀行の政策行使の延期を要請する(中止ではない延期である)、延期請求権を政府に残したことまで(ECB発足までドイツ政府はブンデスバンクに対してそれを保持していた)政治介入の余地を残したと批判されるのか。
政治は常に誤り、C銀行は常に正しいのか。
保身と組織防衛に終始入と批判を浴びた。
実際にN銀行総裁が罷免されることはなく、単なる意見の表明にとどまっていたにもかかわらず、そして、法が内閣にN銀行総裁の解任権を付与していたにもかかわらず、批判したのである。
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